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演習の授業風景1
問題を解くための物理の教科書
(電磁気)

山本明


Date: 平成17年2月18日

はじめに

これは東京工業大学で2002年度にTA 2として行った基礎物理学演習の授業の記録です。範囲は電磁気学でした。 演習の進め方はTAに一任されているので、試みに講義形式の説明を行い、それを教科書風にまとめてみることにしました。

物理学を学んでいく上で、重要になる道は3通りあると私は思っています。 そして大学における物理教育では、これらのバランスが大事だろうと考えています。その3通りの道というのは次の3つです。

ひとつは物理の理論体系の美しさを噛みしめていく道。 どんな前提で理論を組み立てているのか、そしてそこからの帰結はどういうものなのか。それらを厳密に、じっくりと調べていく道です。理論を深く知るためには大事になります。

ふたつ目は、その理論体系を現実的な問題に当てはめて、なにかしら近似も交えて、現実的な答えを引き出していくという仕事。 理論の美しさを追うだけで満足せず、それをいかに現実に適用するのかを考えなくては、物[モノ]の理[コトワリ]を追っているとは言えません。 理論を現実に適用するにはそれ相応、独特の技術やセンスが必要になるでしょう。

そしてみっつ目は大分、教育的な側面になりますが、すでに答えがわかっている単純な状況に理論を当てはめて、なにかしら結果を導く練習。 現実をかなり理想化して理論を適用しやすくしておきます。

さて、大学で物理学の授業を受けると、なぜかひとつ目の道にばかり固執した授業が多いような気がしてなりません。 ひとつ目---理論自体を吟味していくこと---は、物理学をよく知るために欠かせないことです。 とても大事な話ですが、これは将来の専門家向けの話といえるでしょう。 それに対して学部1年生が受ける「物理学」は---物理学科以外の人が受けるものなら特に---もっと第二の道にも力を入れて、物理学と他の学問との繋がりについても言及していく姿勢が必要だと思うのです。

さて大学で行われる講義でもっと第二の道にも力を入れるべきなんだとすれば、 それじゃあ、“講義(東工大では助手、助教授、教授など専任の教官が担当します)”とセットで学生が受けることになる“演習(東工大では助手かTAが担当します)”の授業ではなにに重きをおくべきでしょうか。 …演習を始める前に、そんなことを考えました。

演習の授業でまで第一の道(理論体系)を教えることは無意味だと思います。 それは講義の授業に任せればいいこと。それなら演習では、より現実に即した問題を取り扱う第二の道を示すのは悪くないと思いました。 だけど、これには並々ならぬ労力が掛かります。少なくとも東工大TAの安月給(月2万円〜2万4千円。年間9ヶ月)では、やりたいと思えませんでした。 そもそもこれを実行するには私の実力自体、不足している気がしてなりません。

やはり演習の授業というからには、理論を適用しやすいように極めて理想化した状況を考えて、その状況の解析を行うことがいいだろうと考えました。 第三の道---要するに高校でおなじみの「問題練習」というやつです。 これを通して、理論をより深く理解することもできるし、場合によっては、一見無味乾燥に感じる理論も案外現実的なものだと感じられるかもしれません。

そのような考えに立って、演習の授業を組み立てました。 ですから講義形式の説明を教科書風にまとめる---と書きましたが、演習の授業であることを踏まえると、どうしても普通の教科書のようにはなりません。 つまり特定の方程式を説明するとき、その方程式にどういう意味があるかよりも、その式の使い方に力点を置いて話をしています。

世に出ている教科書は大抵、理論体系を美しく説明しようとしているものだと思います。それこそが正しい教科書の姿であるという固定観念でもあるかのように。 実は私自身にもそういう観念があるため、このような冊子を公開するのにはやや抵抗を感じるのも事実です 3

それぞれ式や法則が学問体系の中でどのような意味を持っているのか、まるで説明していないというのは、自分の実力のなさを世間にアピールしているような気がしてなりません。 しかし---そもそも実力がないのは事実ですし、いまさら見栄を張っても仕方ないかなと思い直しました。いまなら若気の至りとごまかすこともできるかな…と開き直っています。

担当したクラスでは高校で物理を履修してきていないという方が数人おられたので、私が行う説明では、それ単体で聞ける内容(その他の授業には頼らない)を目指すことにしました。

かくして私の演習の目標は2つになりました。 「公式の使い方に力点を置く」かつ「この説明だけで電磁気学の基礎知識を得られる」 ---この目標は、この教科書にも共通しています。…が、これはどうにも難しかったと白状します。 私の実力不足に起因するのですが、 わかっている人には退屈で、わからない人にはやっぱりわからない…そんな内容になってしまった気がしてなりません。 書き出してみると理想と現実の違いを思い知ることになりました。

ひとまず、こんなものでも授業記録としての意味は持てるかと思い、公開することにしました。ある意味、いましか書けない文章であることに違いはありません。

こんなものでも、ないよりはいい…と思いませんか??

2003年11月 山本明 

(追記): この文章は東工大7類を対象に行った演習が元になっています。予備知識として、微分、偏微分、積分などを仮定していることはご了承ください。




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